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私のNKO〜講師編〜

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私のNKO 中澤きみ子 先生

ウィーンと日本のおいしいものはすべてご存知かも?のグルメですが、普段の食事は玄米を中心、毎日のウォーキングで体力維持、ファッションにも特に気を使 われていて、だからいつもお綺麗です。

CDのジャケットを発売順に並べてみると、あら不思議、年々若返っているようです。
ご自身 のヴァイオリンの練習は出産後1週間休んだだけ、あとは欠かしたことがないという程の努力家です。

ヴァイオリニスト、主婦、母親、ひとり の女性として、多忙な中でも常に輝き続けている中澤先生は、同世代の女性や後進がいくつになってもこうありたいとあこがれる女性です。そうです。中澤先生 は今が旬、いつも旬。

写真は碓井先生となにやら楽しそうな中澤先生です。




私のNKO 碓井俊樹 先生

碓井先生のパスポートは世界各国の出入国のはんこで真っ黒です。

マルチな音楽家の才能ぶりは、ブログでもちょこっと ご紹介させていただいていますが、全体を見渡し、かつ見通した管理能力と、まめで緻密な事務能力には、まったくピアニストにしておくにはもったいないとま わりから冗談が出るほどです。
どんな分野でも器用に仕事をこなされます。

フットワークが軽く、腰が低く、今年の音楽祭の現地事務 所に持ち込んだプリンター2台が使えなくなってしまったときは、夜間40分車をとばして電気屋さんまで行き、プリンターを購入してきてくださいました。

碓 井先生のNKOでのお仕事はこうした事務局のフォロー(?)のほかは、というかメインのお仕事は、ピアノ室内楽の講師とソロレッスンの講師、そして伴奏兼 通訳です。

受験を控えている生徒にはレッスンの補講が夜の10時11時まであり、と大変お忙しいのですが、その後は受講生の進路相談や人 恋しがりやのシーグフリードソン先生の話し相手です。
こうして人のことばかりに一所懸命でご自分のことをやっている暇がないという、紺屋の白袴を 地でいっているお人よしの愛すべき性格です。

写真は
碓井先生のお子さん・・・ではなくてシーグフリードソン先生のお子さん




私のNKO 鈴木秀美 先生

鈴木先生は正統な精神の持ち主。生き方もまっすぐで、まさに「right」な方。
彼の一度決めたら曲げないやり方は、本来正統なのに今の世の中では異端かもしれません(!?)

人生を楽しむ術にも長けています。そのひとつ、よい音楽を作り上げるために必要なのはみんなと楽しく飲むこと。
先生の周りにはいつも先生を慕う人たちが集ってきます。

NKOではチェロのソロレッスン、室内楽のレッスンに加えてオーケストラの指導もされ、ちびっ子演奏家も大人の演奏家も見事にひとつにまとめあげます。

音楽監督の立場にある鈴木先生は、音楽祭の始まる1年前から準備にかかっていただいているわけですが、世界中のどこにいても、どんなに大事な演奏会の本番を2時間後に控えているときでもすぐにレスポンスを返してくださいました。

NKOには音楽家にしておくのはもったいないほどの(?!)マネジメントの能力にたけた人が何人もいらっしゃるのです(?)妥協のない本物をやっている人には本物の実績がついてくるというのを、鈴木先生が音楽監督をしてくださったこの2年で私たちは見せていただきました。




私のNKO ヘンリ・シーグフリードソン 先生

シーグフリードソン先生はとてもお茶目です。
いつも人を楽しませようと冗談を言ったり、また気配りの人です。

練習には熱心で時間さえあれば朝から夜中までピアノにむかっています。

そして、食べることも大好き。会うたびにダイエットの最中といいますが、会うたびに体重が増しているようにも見えます。

あるとき東京から名古屋に向かう新幹線に乗る前に食べ物を買い込み、また車中では車内販売の売り子さんが通る度に止めて何かを買っては食べています。

車内販売は往復で通りますからその度に購入するのですが、車内販売が通ると条件反射で止めてしまうらしく、名古屋に到着する直前には売り子さんを止めて売り物を眺めたものの、もうすべて一通り買いつくしたらしく、このときばかりは買いませんでしたが、これでは太るわけです。

彼と奥さんの馴れ初めは2000年の第一回の当音楽祭です。今はスーパーアクティブボーイズ2人のパパでもあります。

7月に始まった夏のツアーの後、ドイツの家に戻ったのは9月の終わりで、家に居られたのは1週間だけ。今はまた別のツアーの最中です。

彼もまたミュラー先生やハーマン先生のように忙しくも典型的な演奏家の人生を楽しんでいます。




私のNKO ゲオルグ・ハーマン 先生

ハーマン先生はミュラー先生と活動されることが多いようです。

彼も長いことNAGANOの地で後進の指導にあたって下さっていて、NKO ではヴァイオリンとヴィオラの講師をしてくださいます。

彼のみるからに誠実で実直なレッスンには定評があり、受講リピーターはハーマン先 生を指名して来る方も少なくありません。

NKOではない、ある演奏会のツアーでのことです。次の移動地まで少し時間があったので、近くの ジャスコで買い物をして行こうということなりました。おいしいワインとチーズが彼らの演奏の活力となるので、それらの調達です。

一階で夜 の宴会用の買い物を済ませたあと、集合の時間と場所を決めたら、演奏家は全員40才を過ぎた人ばかりなのですが、遊園地に放たれた小さな子供のように ピュ〜ッとそれぞれの目的の売り場へダッシュ!

なんでもヨーロッパにはこのような大きな集合量販店はないそうで彼らにとって、もの珍しく 魅力があるのだそうです。でもハーマン先生だけはどこにも行かずに早々集合場所で皆さんをお待ちでした。

「いつもあなたはこうして皆さん を待っていらっしゃるのですね」と声をかけると。「That's my life.」と
お答えになり「You too.」ともおっしゃいました。まぁ、私の場合は仕事ですからね。

今年のハーマン先生とミュラー先生はNKOに入る前にヨーロッパで ツアーを終え、自宅に帰るひまもなく日本に来て、朝成田に到着し、その日の昼過ぎにNKOの会場入り、2時からレッスン、夜は講師の演奏会のためのリハー サル、翌朝からレッスン、夜はリハーサル・・・と毎日缶詰状態で、時差ぼけが治らないうちに最終日を迎え、最後のコンサートが終了したあと、フェァウェル パーティに40分だけ出席され、東京に向かいました。

そして翌朝、6時台の成田エクスプレスで空港にむかい、ウィーンに到着後は空港から ハーマン先生が4時間運転して、次の演奏会会場へ向かったのだそうです。演奏家の体力と気力に心底感服いたします。

写真はフェァウェル パーティで。




私のNKO ルードヴィッヒ・ミュラー 先生

1986年から毎年、NAGANOの地で後進への指導にあたってくださっているミュラー先生。
当時20代だったミュラー先生も今は40代半ばとなり、お年を重ねるにしたがって、キャリアも積み重なり、実力とともに音楽家としての地位もあがっていらっしゃいます。


あちこちのコンサートマスターをされているのでウィーンにいらっしゃるときは、午前中はA楽団の打ち合わせ、午後はB楽団のリハーサル、夜はC楽団の本番と、普通の人なら目の回るような忙しさです。

1996年スーパーワールドオーケストラの指揮を巨匠フィリップ・アントルモンが振られるとき、アントルモン大先生からコンサートマスターはミュラー先生でないと引き受けないとまで言われたとかのエピソードもあり、楽団員のみならず、指揮者からの信頼も篤いのですね。

ツアーの移動のときは、オーケストラのメンバーは普通車でも指揮者とコンサートマスターだけは別格でグリーン車なんですね。そんな偉くなった彼でも、NKOに来てくださるときは、今も変わらず、飛行機はエコノミーで、新幹線は普通車です。

ウィーンのおうちに寄るひまもなく、世界中を演奏旅行している彼は、行く先々でコインランドリーで洗濯をしますが、NKOの合宿先のホテルから最寄のコインランドリーまで片道 2キロはあり、車でお送りすると言ってもプライベートなことでスタッフを煩わせたくないとおしゃって、徒歩または自転車で行きます。

ランチでオーダーした品物が出てくるのが遅く、食べる時間がなくなってしまったら、午後のレッスンがあるからと食べないで授業をはじめます。
ことほど左様に彼の誠実な人柄に頭が下がります。

写真左、カメラ目線でめがねをかけている方がミュラー先生です。